人力飛行機の「安定」について

こんにちは。yuukivelです。

某琵琶湖での大会の放映が終わりましたね。昔出ていたTT部門は変わらず放送時間TT部門だったわけですが(笑)

さて、今回は人力飛行機の安定性について少し記事にするとしよう。

2010年に、teamFというメチャメチャ速かったチームの機体が、「上反角を抑える」「エルロンを積極的に用いる」etc...といった設計思想だったことから、その後の学生チームはこぞって「上反角を抑えて不安定にする」設計思想を採用した。確かに感覚的に不安定だとロール角をつけやすいと感じるのかもしれない。

ただし、それは、エルロンがきちんと効果を発揮して、それでいてパイロットが上反角がなくてずるっずるに滑る機体を制御できる場合に限る。

teamFに対して、今年優勝したチームは上手くて、エルロンがきちんと効いていてかつ上反角も十分で、ものすごく扱いやすい機体に仕上がっていたらしい。

式とか難しいお話に移る前に、ラジコン飛行機において、上反角が不足している場合の飛び方を動画で見てもらおう。(先輩ごめんなさい!)

この機体が無尾翼であるということはちょっと置いておいて、横(ロールとヨー)の運動に関して。動画を見てもらえれば分かるとおり、完全なスパイラル不安定だ。この機体はラダー機ではなくてエレボンで操舵するのだけれど、スパイラルダイブに陥ってしまうと抜け出すのがとても難しい。

ここからちょっと式を出して小難しいお話。
参考文献は言わずと知れた名著「航空機力学入門」

航空機力学入門

航空機力学入門

今回のお話は二つ

  • スパイラル不安定について
  • ラダー機の上反角効果(航空機力学ではL_\betaの大小で表す)について

ここで、ラダー機とはラダーのみでロールを制御する機体。
先に僕の考えを書いておくとラダー機でもエルロン付きでも、きちんと上反角を着けた方が操縦しやすくて良いと思う。ラジコンでも上反角がつけばつくほど操縦しやすくなるし、エルロンによって揚力差がつけば、翼の剛性如何に関わらず、自ずと機体のロールは始まる。スパイラルダイブに入ったら無理だけれど。

用いる運動方程式

-L_\beta+(\frac{d}{dt}-L_p)p-((I_{xy}/I_{xx})\frac{d}{dt}+L_r)r=L_{\delta a}\delta_{a}+L_{\delta r}\delta_{r}
-N_\beta-((I_{xz}/I_{zz})\frac{d}{dt}+N_p)p+(\frac{d}{dt}-N_r)r=N_{\delta a}\delta_{a}+N_{\delta r}\delta_{r}

これは、ロール角速度とヨー角速度に関する線形化された運動方程式である。本当は\beta(横滑り角)に関する式もあって、この方程式が実は、「速く曲がりたいなら機首を下げろ」の根拠になるのだけれど、今回はラダーによってある横滑り角になったとして話を進めるので、略。

//////////2014/9/6 訂正////////
「早く曲がりたいなら機首を下げろ」について\beta微分方程式のみ影響するような書き方になっていますが、実際は動座標系における見かけの力の影響によるもので、この式だけの影響ではありません。申し訳ありません。
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Iは慣性モーメント。添え字は軸。xzとかは連成項。
Lは有次元ローリングモーメント係数。添え字は何で微分したかを表す。(もちろん線形運動方程式なのでこれらは定数)例えばL_\betaはローリングモーメントを横滑り角で微分した値に比例する。何度も書いている通り、上反角効果だ。
Nは有次元ヨーイングモーメント係数。添え字についてはLと同様。
また、\deltaについて。これは操舵機器の舵角による微分値を表す。今回はa:エルロン r:ラダーだ。だからN_{\delta r}はヨーイングモーメントをラダー舵角微分した値に比例する。これはラダーの効きを表している。

有次元係数は、方程式が見やすいように、慣性モーメントで除されている。だから慣性モーメントが小さければ有次元係数は大きくなる

さて、これらの方程式から、仮定によって項を落としていこう。こちらの式はラダー機の上反角効果を考えるときに用いる
まず、簡単のために、I_{xz}I_{xy}を0としよう。
そして、エルロンのヨーモーメント(アドバースヨーの原因)とラダーのローリングモーメントを無視しよう。

そして、ラダー機なのでエルロンの効果を外そう。

簡単化した結果は以下の通り
-L_\beta\beta+(\frac{d}{dt}-L_p)p-L_rr=0
-N_\beta\beta-N_pp+(\frac{d}{dt}-N_r)r=N_{\delta r}\delta_{r}

スパイラル不安定について

スパイラル不安定=スパイラルモード不安定とは、機体が旋回するにつれてロールが大きくなっていく運動を指す。そして、そのまま回復不可能になって墜落するのがスパイラルダイブだ。
人力飛行機界隈ではスパイラルダイブを極端に恐れていて、それもあって短スパン化が進むのだろう。(僕はそれよりも短スパン化による出力増加の方が圧倒的に問題だと思っているが)

スパイラル不安定によって旋回中にロール角とロール角速度がある値以上になると、エルロン、ラダーの操舵力をオーバーして復帰不可能になる。だからこのスパイラル不安定を小さくすることが、タイムトライアル部門では有効だ。もちろんバカでかいエルロンとラダーで、不安定が強い機体でも操舵力を大きくして旋回を可能にするという解もある(それがまさに冒頭のteamFの設計思想だ)

航空機力学入門によると
スパイラルモードの根は以下のように近似される。(根とは制御用語で、複素平面における根の位置によって、運動の減衰や振動数が決定される)
-\lambda_s\simeq-E/D
根は虚軸の左側にあればそれは安定な根だから
E/D>0であれば安定である。
Dは一般的に正であるらしい。従ってEの正負がスパイラルモード安定に寄与する。正であれば安定で、大きければ大きいほどスパイラルモード安定は強い。逆に小さければ小さいほどスパイラル不安定は強く、0から負に遠く離れてしまう事は避けなければならない。

Eは以下のように表される。
E=(g/U_0)(L_{\beta}N_r-N_{\beta}L_r)
これは本当は安定軸での記述なのだけれど、人力飛行機の設計であれば普通機体軸と安定軸は一致するのが普通。飛んでいるときのテールパイプは水平になるようにするため。

これより、L_\betaN_rが大きければ安定方向になる。上反角効果とラダー減衰(動ファクタ比と関連がある)が大きければ安定方向にむかう。
逆にN_\betaL_rが小さければ安定方向となる。すなわちでっかい垂直尾翼と長いスパンは不安定の原因となる。

人力飛行機はこのL_rが大きくて(スパンが長いから)スパイラルモードを安定にすることは難しい。不安定をいかに小さくするかが勝負だ。

そこで上反角効果が重要になる。上反角を大きくすることで、スパイラルモードは安定に向かう。

私が昔設計した機体の肝はそこだった。L_rはもともと大きいし、今更スパンを伸ばした所で大きくは変わらない事が解析してみて分かった。だからスパンを伸ばすことで旋回時必要な出力を小さくしつつ、上反角を十分に確保することで旋回を可能にしようという設計思想だった。

スパイラルモードについてよく誤解をもたれるのが、「スパイラルダイブというのは、旋回中の内側と外側の速度差によって起こる」という理解だ。これは一部正しい。そのままL_rの説明だからだ。しかしそれだけではなく、スパイラルダイブは上反角や垂直尾翼の減衰等の関連によって起こる。だからスパンが長いなら、ちゃんと上反角をつける、というのが操縦しやすい機体の定石となる。

ラダー機の上反角効果について

「不安定な機体は望む方向のロール角速度を得やすい」本当だろうか。
ここで不安定な機体とは、上反角効果の小さい機体を意味する。

先ほど出した簡易化した運動方程式を持ってこよう
-L_\beta\beta+(\frac{d}{dt}-L_p)p-L_rr=0
-N_\beta\beta-N_pp+(\frac{d}{dt}-N_r)r=N_{\delta r}\delta_{r}

そして、ある一定のロール角速度、ヨー角速度のとき、ある一定の横滑り角をラダーによって与えた時の挙動を考えるので、下の式は不要となり、旋回にてロールを変化させるため運動を考えるのに必要な方程式は
\frac{d}{dt}p=L_\beta\beta+L_rr+L_pp
まで単純化される。

ここまで来れば簡単だろう。ロール角速度を素早く変化させる(ロール角加速度を大きくする)ためには、上反角効果を大きくすることが重要となる。
右辺のうち、L_rr+L_ppは運動を阻害しようとする項だ。何度も言っているとおり、スパンが長いほどこれらの項は大きくなる。

私はよく「ラダー機において、上反角が大きい事はエルロンが大きい事に等しい」と言っている。その根拠がこれだ。
信じられない人は、是非いちど、上反角のついていないラジコン機を作って飛ばしてみるといい。すぐに上反角を付けたくなること請け合いだ。ラダー機だと操縦不能だから。

ここでこの章の結論を出そう。「不安定な機体が曲がりやすいわけではない」
L_\betaを大きくする方法としては、上反角を大きくする事の他に慣性モーメントを小さくするという解もある。しかし運動を阻害する項も全部慣性モーメントで除されているので、あまり効果は上がらない。
安定な機体だからといって、決して曲がりにくい訳ではないことがきちんと理解されて欲しいと思う今日この頃。



終わりに

いかがだっただろうか。この手の話はかなりの頻度でされているので、今回は式を出すこともいとわずにきちんと議論してみた。
仮定が雑なところもあるが、大学の低学年の人も読むかもしれないことを考えてできるだけ制御論を出さなくても分かるようにしたのでご容赦願いたい。

機械、特に飛行機は、だいたい感覚と合っているのだけれど、時々クリティカルなところで感覚と合わない。これは仕方ないことだ。
だから数式をきちんと理解、せめて傾向だけでも把握して、実際に飛ばした結果やラジコンとかその他飛行機の感覚も勘定して、直観だけでなく、きちんとした理論的な根拠を与えて設計するのがいいと思うのだが。。。

まぁそんなこと言いまくっていると、「あいつは理論派」とか言われてしまうわけで、、、感覚と理論の擦り合わせ、そして理論屋さんとして絶対に譲れない所ははっきり主張していく、といったバランスが大切なんだろうな