「人力飛行機の主翼設計を銀本より良くするたった一つの方法」を使って人力飛行機を設計してみた。

皆さんこんにちは。yuukivelです。今回は前置きなしに本題に行きます。

さて、2年後期の期末試験まっただ中だっただろうか、私がチームの機体の設計を始めた頃には「空力なんてオワコンだよね」とまで言われていた人力飛行機空力設計に関して、かなり面白い論文を見つけた。詳しい内容はリンク先の記事で紹介されている。

人力飛行機の主翼設計を銀本より良くするたった一つの方法 ina111's blog

この論文を見て、正直、チームで作っている機体にこの理論を盛り込みたかったと本気で思った。1年の冬にこの論文の著者である浅井先生には直接お会いしていて、そのときに非平面翼の循環分布最適化のお話もされていたのに、どうしてもっと深く掘り下げなかったのかと後悔さえした。

後悔ばかりしていても仕方ないので、設計してみた。

HPAconcept 茜ノ空・改 三面図
HPAconcept 茜ノ空・改 XFLR5ファイル

書式や機体設計に関する設定(パイロット重量など)はHPA:EXTENDにて公開されている推進式機体コンセプト「紅空」
推進式機体コンセプト イクス技研れぽーと HPA:EXTEND
を元にした。
機体名が何で「茜ノ空」でしかも、「改」なのかという理由については割愛。イロイロ背景があるんですっ

さてさて、機体の詳しい解説に移っていこう。
今回私がこの機体を設計するに当たって何がやりたかったかというと「TR-797の論文内で紹介されている数値計算を用いた循環分布で製作可能な人力飛行機が設計できるかどうか。そしてその効果はいかなるものなのか」を検証したかったということであり、HPA:EXTENDにてなされているようなチームの事情等の考慮は行わない。
設計をしていく上で、いくつか今までにあまり見られなかった機体特徴を含めた。


まずは機体設計コンセプト

三面図の諸元を眺めて機体コンセプトが見抜けたら、三面図経験(?)は十分と言えるのではないだろうか。
「運用ができて、遠くに飛ぶ」これが一番大きなコンセプト。そのためにどうするか。「設計速度を引き上げる」が今回取ってみた方法。一般に設計速度を引き上げれば出力は増加する。しかし、いくら出力が低くてもゆっくり飛んでいたら距離は伸びない。(※いささか語弊がある。実際には出力が低い方が人間はずっと長い時間その出力を維持できる。ここでは例えば216Wの機体で7m/sと8m/sの機体だったら後者の方が遠くに飛べるよね。くらいの感覚で考えて欲しい)

設計速度を引き上げたのは運用上の問題も大きい。はじめ設計するに当たって「出力を200W以下に抑える」と言うことを目標にしていた。しかし、そうするとどんどんスパンが伸びて38mとかそれ以上にまでになってしまった。そうなると運用が大変で、正直「こんな機体飛ばすの楽しくないだろうな…」と思ったため、今回のように機速を引き上げてコンパクトにまとめてみた。アスペクト比が50を越えている時点でコンパクト(笑)な気もするが。

リカンベントプッシャーにしたのは、前例にそろえたためと、純粋にやってみたかったため。
あと、途中矩形部もかっこよさそうだからやってみた。後で述べるが、リブマスターの数を減らせそうで製作上もgood


続いて、主翼空力

この設計で一番やってみたかったこと。XFLR5でモデルを作って解析してみたので画像をはっておきます。

TR-797の真骨頂、構造の制約を与えた上での最適循環分布の効果がLocal liftのグラフから読み取れる。定性的に言えば図面に書いたとおり、「翼根に揚力を集めて桁を楽にしてやる」ということ。スパン30mで楕円循環分布を持つ主翼と同じ翼根曲げモーメントでスパン33.6mの主翼を実現している。前者の誘導抗力が8.17Nなのに対し、後者の誘導抗力は7.07Nであり、この誘導抗力減少効果によって、機速8m/sという距離競技機にしては早い機速でも出力を220Wていどに押さえることができている。アスペクト比が50越えちゃったのはご愛敬。運用できそうなスパンだから、まぁ、いいでしょ。ただし、翼端付近の翼弦長がとても小さくなってしまった。TR-797の方法を使う限り仕方の無いことではあり、途中矩形部での捻り下げによって何とか翼弦長をかさまししているのだが、異常に小さい。桁もφ15という極細の桁となっている。このため、最外翼はもはやウイングチップの一部というような意識に切り替える必要がある。プランクを入れる余裕もなかったため、最外翼はマスキュレアーの尾翼のようにリブ間を狭くして、フィルムをプランク無しではるようにした。

主翼翼型はうちのチームでお世話になった二翼型がちょうど良かったのでそのまま採用。ただし、翼端側のeppler66にかんしては翼厚12%まで太らせても性能がほとんど変わらなかったため、太らせたものを使いました。

今回の設計の特徴である途中矩形部についても触れておこう。XFLR5解析結果の画像のInduced Angleのグラフに着目して欲しい。中央の矩形部から翼端に向かって線形に近似できそうに感じるはず。循環分布もこの部分は線形に近似できるため、循環分布をほとんど崩すことなく、線形に捻り下げできる。これによって、翼端での翼弦長のかさましができるだけでなく、途中矩形部のリブマスターが一枚ですむため、製作上有利になる。途中から、うにゅ、っと伸びる主翼も個人的には気持ち悪くてgood


主翼構造
TR-797の方法を用いて、果たして軽くなるのか。答えは、たぶん軽くなる。
一般の距離競技機の機体重量がおよそ36kg〜40kg、スパンは30mくらいである。このうち主翼以外の重量を16kgとするとおよそ主翼重量は20kg〜24kg。このうち8kgぐらいがリブとかの二次構造部材だから一次構造部材は12kg〜16kg。今回私が設計した機体の一次構造重量は10.7kg+かんざしとかもろもろ であるから13kgぐらいで収まりそうだ。スパン33.6mでこの値はなかなか驚きだと思うのだがどうだろうか。揚力を中央に集めることによって、桁にかかるモーメントが小さくなるだけでなく、翼弦長が大きくなることによって桁の径を大きくし、薄肉化できるのが軽量化に大きく寄与している。正直中央翼の積層が12plyで成り立つとは思わなかった。

その他

プロペラは以前このブログで紹介したプログラムを用いた。
あとコクピット周りとかテールとかは、積層数をできる限り落とし軽量化に努めた。
尾翼周り。プランク無し。どこぞのプッシャーチームがやっているような水平尾翼の一部を切り欠いて垂直尾翼を入れることはやっていない。
水平尾翼設計に完全に僕の癖が出ていて、普通の感覚(?)に比べてモーメントアームが小さくて水平尾翼が大きくなっている。このため、垂直尾翼がキツキツで、切り欠きとかやると垂直尾翼モーメントアームが足りないんですっ 横から見ると異様に大きな垂直尾翼が圧倒的な存在感を放っている。
垂直尾翼の可動部はパイプより下のみ。φ20の桁を垂直尾翼全体に通し、可動部分だけφ20の外側にベアリング2個を介してφ40のパイプをかぶせる。イメージとしては風車の会のペラマウント周り。こうすることで、φ40に支えられてφ20という極細桁ながらも下端に車輪を付けることができる(はずだっ)



特筆すべきはこんなところだろうか。とにかく言いたかったことは、TR-797を用いた循環分布探索は効果がありそう、ということ。またそれに伴っていろいろ新しいことの提案ができたと思うので、これから設計をしようと思っている人は、この設計も参考にしつつぜひぜひ新しいことをやっていって欲しい。

そして、この機体を設計しながら思ったこと。まだまだ人力飛行機の空力にはやれそうなことが残っている。構造とかも合わせてもっといい空力設計法は必ずある。
あと、やっぱり飛行機の設計は楽しいわ。